撫順炭鉱とその関連施設内に敷かれた専用線は、石炭や土砂、資材や製品、働く人々やその家族など、炭鉱に関するさまざまな人やモノを運び、炭鉱の操業を支えていた。撫順の石炭やその関連製品は、満鉄の貨物列車で各地に輸送されたが、満鉄の本線と炭鉱の専用線は
東洋最大規模の露天掘り鉱山として知られる満鉄撫順炭鉱だが、実際には坑道(トンネル)を掘って採掘する坑内堀もおこなっていた。東西約17km、南北約4km(昭和11年時点)にひろがる鉱区をもつ撫順炭鉱は、炭層が地表に近く浅い場所から地表から遠く深い場所にまで広がっており、浅い場所は露天堀、深い場所は坑内堀というように工法を分けて採掘をおこなっていた。坑内堀では内地の鉱山と同様にトロッコや坑道用機関車が使用され、露天堀では標準軌で大型のダンプカーや電気機関車のほか、最深部などでは狭軌用機関車やトロッコが使用された。
なお、本項では鉄道車両に加え、本炭鉱で重要な役割を担った車両である重機やショベルについても紹介している。
竜鳳坑竪捲櫓の外観。巻揚機が格納された竪坑櫓で、ワインディングタワー型に分類される。このワインディングタワー竪坑櫓は、ここを含めて世界に3か所しか現存しない。残りの2か所は、日本の志免鉱業所とベルギーのトランブルール炭鉱である。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.135. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)より
運搬設備の延長は下の表の通り。
線路延長(昭和元年度末) | |
広軌道(標準軌) | 94,391m |
狭軌道 | 50,479m |
電気機関車
大規模に電化されていた撫順炭鉱の専用線では、貨物輸送の主力は電気機関車であった。その数は非常に多く、1936(昭和11)年時点で撫順炭鉱所有の電気機関車は早計約100両、総トン数4000トンにのぼる。当時の鉄道省(135両、7000トン)と比較すると、約57%にあたるほどであった。この中でもっとも主力だったのは85トン型であり、いくつものメーカにより製造され、戦後の2010年代に入ってもまとまった数が活躍していた。車両数は昭和11年の車両数を示す。
芝浦にて製造中の85トン型電気機関車の姿。
画像:東京芝浦電気株式会社 [編]『芝浦製作所六十五年史』,東京芝浦電気,昭和15, p.283. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)(参照 2024-06-16)より
種類 | 軸配置 | 概要 | 採炭用 | 運輸部 |
85トン型 | Bo-Bo | 芝浦(現東芝)・日立・川崎・汽車の共同設計で、1930年から1940年にかけて約120両が製造された。同形機は鞍山の昭和製鋼所などで使用されたほか、戦後にはソ連へ輸出されている。2000年代以降も本系列はまとまった両数が使用されている。機番:1000・1100・1200番台 | 33 | 2 |
85トン型 | Bo-Bo | ヘンシェル(独)・シーメンス社製 1929年(1107、1108号機)および1937年にそれぞれ2両製造。 | 上に含む | 上に含む |
80トン型 | Bo-Bo | 車体を汽車会社、電気部品を芝浦製作所が製造。1929年に3両製造(1101~1103号機)。 日立製も存在。 | 2 | |
73トン型 | Bo-Bo | 芝浦製。 | 2 | |
73トン型 | Bo-Bo | 川崎車両製造。1926年。機番:51~。出力300HP。本邦最初の大型機関車。 | 3 | |
55トン型 | Bo-Bo | GE製。2022年に遼寧省本渓市の本溪参铁集团にて1両の動態状態での現存が確認されている。 | ||
50トン型 | Bo-Bo | 型別:F。台車、車体等は大連工場製作。 | 3 | 11 |
40トン型 | Bo-Bo | 米国製。 | 3 | |
30トン型 | Bo | F25トン型を改造したもの。 | 2 | 1 |
25トン型 | Bo | 運輸部所属車については、型別AEGが2台、Fが1台。ドイツ製ほか。 | 3 | 3 |
12トン | Bo | 900mm軌間。坑内用。昭和11年時点で露天堀採炭に19両が配置されている。 | 19 | – |
芝浦製85トン型。キャブ上に一般的なパンタグラフ、ボンネット上にサイドアーム型の集電器を装備する。
画像:芝浦製作所 [編]『芝浦電鉄型録 : KSA-80I』,芝浦製作所,昭和10, p.8. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)より
ドイツ・ヘンシェル製85トン型。ボンネット上の集電装置の形状や各部の設計が異なる。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.62. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)より
芝浦製80トン型。キャブ上に一般的なパンタグラフ、ボンネット上にサイドアーム型の集電器を装備する。
画像:芝浦製作所 [編]『芝浦電鉄型録 : KSA-80I』,芝浦製作所,昭和10, p.9. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)より
芝浦製73トン型。ボンネット上にサイドアーム型の集電器を装備していない。形態は同時期の内地の凸形電気機関車に近い。
画像:芝浦製作所 [編]『芝浦電鉄型録 : KSA-80I』,芝浦製作所,昭和10, p.10. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)より
12トン電気機関車の外観。露天堀最深部などでトロッコの牽引などに使用された。坑内運搬はすべて水平運搬で線路は30ポンド軌条(15kg/mレール)、900mm軌間。列車は12t電気機関車、4トン積み鉄製炭車12両牽引となっていた。昭和11年時点で、12トン電気機関車19両、4トン積み鉄製炭車809台が坑内運搬用として設備されている。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.77. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-26)より
転倒位置にある鉄製炭車用カーダンパ(チップラー)。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.77. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-26)より
蒸気機関車
撫順炭鉱の専用線は露天堀内部に至るまで高い電化率を誇っているが、ごく一部で蒸気機関車が使用されていた。昭和4年に電化に着手し、昭和11年時点では主要運搬はすべて電気機関車によって行われるようになった。蒸気機関車は局部的作業用として10台(昭和11年)を残すのみであった。
蒸気機関車は、主としてエキスカベーター剝土運搬、捨場におけるスプレッダー運転、エキスカベーター剝土線および捨場線に使用するグライスリックマシン寄路機運転に使用し、余力は雑用運搬に使用されていた。
車両は満鉄(本線)の車両が充当されたようである。当時は内燃機関車が登場して間もなく、満鉄(本線)においても導入されたばかりで、その数も少数にとどまった。プレーリー型は鉄道省C56形のようなスローピングバックテンダーとよばれる炭水車を連結しており、後方視界が確保されていた。中華人民共和国成立以降に開発・導入された「上游型」蒸気機関車も同様のテンダーを装備していた。
種類 | 旧名称 | 軸配置 | 概要 |
コンソリデーション型 | H型 | 1D | 満鉄ソリイ~ソリサ形いずれかの可能性が高い。昭和11年時点で採炭用に3両が配置されている。 |
プレーリー型 | D型 | 1C1 | 社線プレ→満鉄プレイ形。昭和11年時点で採炭用に7両が配置されている。 |
ダブルエンター型 | E型 | 1C2t | 社線ダブ→満鉄ダブイ形。昭和11年時点で採炭用への配置はないが、炭鉱内で使用されている写真が残されている。 |
レッキングクレーン | K型 | – | 事故復旧用クレーン車。社線クレ形→満鉄レキイ形。 |
第二露天掘は大正10年度に入り剥離作業増加と土砂運搬・捨場作業の増大に伴い、当時使用中の機関車7台にエアーポンプおよびレザーバーの増設を行い、運転効率の増進を図り、アンローダーエンジン、スプレッダーカーなどを完備させた。大正11年度における運搬設備の主たる機関車はD型(プレ級)10両、E型(ダブ級)4両、K型(クレ→レキ級)1両(臨時用)。大正14年度、剥離運搬用としてH型(ソリ級)機関車6両を鉄道部より借り入れている。
坑内電車
大量かつ長距離を運搬する必要のある坑内の主要運搬坑道には、大正13年から電気機関車(坑内電車)が導入されている。電車線方式は単線架空式で、電圧は坑内が直流250V、坑外が直流500V。機関車重量は5tないし10tで、5tの坑内電車よく半トン炭車35函を牽引し、竜鳳竪坑底の10tの坑内電車は1トン半炭車40函を牽引する。レール重量は竜鳳竪坑の25kg/mを除いてすべて15kg/mを使用している。
坑別 | 軌間 | 内容(昭和11年時点) |
老虎台 [坑内] | 610 | 台数1、重量5t、直流250V、直流単線架空式、パンタグラフ集電、電動機容量20HP×2、牽引力1100kg、速度10km/h、東洋電機製。大正13年運転開始。 |
東郷 [坑内] | 610 | 台数3、重量5t、直流250V、直流単線架空式、トロリー集電、電動機容量20HP×2、牽引力1100kg、速度10km/h、シーメンス製。昭和3年運転開始。 |
大山 [坑内] | 610 | 台数4、重量5t、直流250V、直流単線架空式、パンタグラフ集電、電動機容量20HP×2、牽引力1100kg、速度10km/h、東洋電機製。昭和6年運転開始。 |
万達屋 [坑外] | 610 | 台数3、重量5t、直流250V、直流単線架空式、パンタグラフ集電、電動機容量20HP×2、牽引力1100kg、速度10.5km/h、GE製。昭和7年運転開始。 |
煙台 [坑外] | 610 | 台数2、重量5t、直流250V、直流単線架空式、パンタグラフ集電、電動機容量20HP×2、牽引力1100kg、速度10km/h、東洋電機製。昭和9年運転開始。 |
(竜鳳竪坑 [坑内]) | 750 | 台数3、重量10t、直流250V、直流単線架空式、パンタグラフ集電、電動機容量20HP×2、牽引力1880kg、速度10km/h、東洋電機製。昭和11年時点では準備中。 |
楊柏堡 [坑内外] | 900 | 台数4、重量12t、直流500V、直流単線架空式、ホイール集電、電動機容量45HP×2、牽引力2100kg、速度10km/h、三菱および東洋電機製。昭和9年運転開始。 |
古城子 [坑内] | 900 | 台数20、重量12t、直流500V、直流単線架空式、ホイール集電、電動機容量45HP×2、牽引力2100kg、速度10km/h、三菱および東洋電機製。昭和9年運転開始。 |
私有貨車(炭鉱自家用貨車)
満鉄撫順炭鉱は炭鉱施設で使用するための専用貨車を多数保有していた。これらは、形式称号規程や車両の外観も南満州鉄道の会社線(社線)や満州国有鉄道線(国線)とも異なる独自性をもっていた。その最たるものが最多数を誇るダンプカー(形式:DC)であり、車体下部の巨大な空気シリンダーで荷台をレール方向を軸に転倒させて荷下ろしを行う機構をもっていた。
種類 | 概要 |
35ヤードダンプカーDC | 荷重60t。容積35立方ヤード。米国のメガー社(Magor)製および自国製のデッドコピー。中華人民共和国成立後もほぼ同じ設計で製造され、中国各地の鉱山で使用された。昭和11年時点で採炭用に304両が配置されている。本車と85t電気機関車が撫順炭鉱における主力車両であった。 |
30ヤードダンプカーDC | 容積30立方ヤード。米国のウエスタン・ホイールド・スクレーパー社(Western Wheeled Scrapers)製か? |
20ヤードダンプカーDC | 荷重30t。容積20立方ヤード。米国のウエスタン・ホイールド・スクレーパー社(Western Wheeled Scrapers)製。最初期に導入されたダンプカー。遼寧省の瀋陽蒸汽機車陳列館で1両が保存されている。昭和11年時点で採炭用に43両が配置されている。 形式不明ながら、昭和元年時点では運搬用にエヤダンプカー102両が配置されていた。(『南満洲鉄道株式会社十年史 第2次』昭和3, p.596) 内地では、同規模の車両が呉海軍工廠敷地造成工事(大正11年掘削開始)において導入されている。こちらもウエスタン・ホイールド・スクレーパー社製20立方ヤード積みで、鋼製20両、木造20両の計40両が輸入された。内地の土木用軌道でありながら、標準軌で敷かれていた。なお、同工事では当時世界最大のビサイラス225B電気ショベルが使用された。 |
形有蓋貨車フヤ | 荷物車 |
無蓋貨車フム | 石炭運搬車 |
無蓋貨車フ | 砂貨車ならびに諸材運搬車 |
無蓋貨車フニ | 鉄製セール運搬車 |
無蓋貨車フサ | 鉄製セール運搬車 |
無側車フシ | フラットカー。荷物車。本形式かは不明だが、フラットカーの項目で、昭和元年で運搬用に88両、昭和11年時点で採炭用に45両が配置されている。 |
車掌客車カニ | 脱線工具運搬車 |
木製炭車(ダンプカー) | 昭和元年時点で運搬用に1062両保有。 |
木製炭車 | 昭和元年時点で運搬用に336両保有。 |
第二露天堀は、大正11年1月米国製キルボルン(Kilborn?)ダンプカー40両をあらたに購入使用し、その成績は良好であったという。大正11年度におけるダンプカーは105両、フラットカー(無側車)は88両。大正12年6月に大山坑より木製炭車40両、竜鳳坑より木製ダンプカー21両を譲受した。
(南満洲鉄道株式会社 編『南満洲鉄道株式会社十年史』第2次,南満洲鉄道,昭和3, p.596.)
35ヤードダンプカーDC824号車の外観。35ヤードダンプカーは、満鉄撫順炭鉱の主力貨車であり、当初は米国メガー社から輸入されていた。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.63. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)より
35ヤードダンプカー。巨大な空気シリンダーを伸縮させ、荷台を転倒させた状態。鋳鋼製のベッテンドルフ台車を履いている。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.63. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)より
25ヤードダンプカーと思われるダンプカー。35ヤードダンプカーより全長が短く、荷台の形状も大きく異なる。
画像:南満洲鉄道株式会社 編『南満洲鉄道旅行案内』,南満州鉄道,大正13. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-18)より
露天掘りを走行する列車の様子。もっとも手前の貨車は無蓋貨車(土運車)、牽引機は満鉄プレイ形蒸気機関車。
画像:南満洲鉄道株式会社 編『南満洲鉄道旅行案内』,南満州鉄道,大正13. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-18)より
電動客車(電車)
種類 | 概要 |
100形 (電動車) | 1914年に9両が導入された米国・GE製の木造車。のちに東洋電機製2両が増備された。東洋電機製は華工列車と俗称された。 |
100形 (附随車) | 1914年に9両が導入された米国・GE製の木造車。のちに東洋電機製2両が増備された。東洋電機製は華工列車と俗称された。 |
200形 | 1920年代末から製造された汽車会社製の鋼製車。終戦後、17両が撫順電鉄に継承され、最終的には大半が固定編成化された(例:112・119編成など)。 |
250形(GE系) | 100形の改造車。終戦後、20両が撫順電鉄に継承された。1960年代に鋼体化改造のうえ、最終的には固定編成化された(例:111編成など)。 |
300形? | 初期の客車を電車化したもの。 |
検修庫内の様子。電車は汽車会社製200形電車とみられる。左奥の電気機関車は米国・GE製50トン級とみられる。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.202. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-26)
特殊車両
種類 | 概要 |
スプレッダー | ダンプカーにより覆される土砂岩石が線路のわきに堆積するが、これを線路の外方遠くにはねのけ、地ならしするための車両。スプレッダーカーとも。構造はジョルダン車とよばれるタイプで、日本国内では国鉄キ700形除雪車が知られている。このタイプのスプレッダーは2000年代以降も各地の鉱山で使用されている。 |
グライスリックマシン寄路機 | 線路を横移動させるための機械。機関車により牽引され、自車後方の線路を横方向に移動させる。露天掘りの穴を拡張するため、軌道のある路盤を撤去する際に使用する。ドイツ語ではGleisrückmaschineと綴り、クライスリュックマシネー(線路移動機)とも呼ばれた。ドイツの露天掘り鉱山では近年も使用されているが、近年の中国では目撃されておらず、比較的早い段階で廃れてしまった模様。大正11年8月グライスリックマシン1台と手働式線路移動機(クライスリュックハンデ)6台を導入して使用した結果、従来要したコストの1/3で工事を竣工できることができた。 |
グライスリックマシン寄路(よせろ)機の外観。この機械を使用して線路を横方向に移動させる。牽引機は満鉄ダブイ形とみられる。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.67. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)
スプレッダーの外観。構造は内地で雪搔車に使用されたジョルダン車と同様である。車体左右にブレードを展開し、土砂を退けることができる。牽引機はコンソリデーション型とみられる。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.68. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)
重機・ショベルカー(剥離関係)
大規模な露天掘りが広がる撫順炭鉱では、鉄道だけでなく数多くの大型重機が使用された。地表に近い部分の表土を削りとる剝土(はくど)、その下の緑色頁岩(けつがん)と褐色頁岩を削り取る剝石(はくせき)の工程では、エキスカベーターや電動ショベルが使用された。これらの重機が削りだした土砂や岩石は、鉄道によって運び出された。このように、大型重機と鉄道によって大規模かつ高度に機械化された鉱山が、内地に先んじて撫順には存在していた。採掘法はショベル&機関車トロ工法に分類される。
ショベルの型式は、「数字とアルファベット」で表され、数字は設計重量トン数を表す。アルファベットはBなら機体上部が旋回式で水平面を360度回転し得るもの、Cなら水平面を180度より回転し得ないものを表す。例えば「200-B」なら、「設計重量200トン、機体上部が旋回式で水平面を360度回転し得る」ことを表す。ショベルの電源は交流2,200Vで、車内のモータージェネレーターで直流220Vに変換されて各モーターを動かす。当初は米国・ビサイラス製のものが輸入されていたが、これらは次第に神戸製鋼所により国産化されていった。
名称・型式 | 概要 |
電気ショベル 30B | 昭和元年度に1台導入。 南満洲鉄道株式会社 編『南満洲鉄道株式会社十年史』第2次,南満洲鉄道,昭和3, p.591. 国立国会図書館デジタルコレクション(参照 2024-06-26)より |
蒸気ショベル 45C | 昭和元年時点で2台。 南満洲鉄道株式会社 編『南満洲鉄道株式会社十年史』第2次,南満洲鉄道,昭和3, p.591. 国立国会図書館デジタルコレクション(参照 2024-06-26)より |
電気ショベル50B | 米国・ビサイラス製。設計重量50トン、機体上部が旋回式で水平面を360度回転可能。 電気ショベルを国産化するため、昭和3年に神戸製鋼所が撫順炭鉱に技師を派遣し、手始めに本形式を分解してスケッチした。 ビサイラス製の50Bを参考に神戸製鋼で製造されたものは50Kとよばれる。1930年に国産の建設機械第1号機として誕生。1930年に初号機が満鉄撫順炭鉱に納入。ディッパ容量1.5m3、重量75トン。神戸製鋼所製は1936年時点で3台在籍。 |
電気ショベル 103C | ビサイラス製ショベル。剥離関係での在籍数は1台(1936年)。 |
電気ショベル120B | 米国・ビサイラス製。階段式採掘法におけるベンチの切り広め(Side cutting)において使用される。採掘された岩石はショベルと同じ高度にある積込列車に積み込む。これを同レベル積込(Same level loading)という。採掘能力は2,500㎥/日、780,000㎥/年。剥離関係での在籍数は11台(1936年)。モータージェネレーター:225馬力、ホイストモーター:150馬力、スウィングモーター:43馬力、スラストモーター:40馬力。 昭和7年に開発された神戸製鋼所製は120Kともよばれ、1936年時点で3台在籍した。神戸製鋼所は120Kを1943年までに満州向けに31台を出荷した。ディッパ容量3.0m3、重量150トン。 昭和17年に開発された日立製作所製は120Hとよばれる。 |
電気ショベル150B | 米国・ビサイラス製。剝土の際にはなるべく本形式が使用され、やむを得ない場合には、他形式が使用された。剥離関係での在籍数は1台(1936年)。 |
電気ショベル200B | 米国・ビサイラス製。ベンチの切り広めの後、さらに掘り下げて炭面を露出させるベンチ掘り下げ(box cutting)において使用される。採掘された岩石はショベルより10m高い位置にある積込列車に積み込む。これを上段積込(Upper level loading)という。採掘能力は2,200㎥/日、760,000㎥/年。剥離関係での在籍数は3台(1936年)。モータージェネレーター:300馬力、ホイストモーター:255馬力、スウィングモーター:60馬力、スラストモーター:60馬力。 昭和9年に開発された神戸製鋼所製は200Kとよばれ、1936年時点で1台在籍。神戸製鋼所は120Kを1943年までに満州向けに7台を出荷した。ディッパ容量4.0m3、重量200トン。 |
エキスカベーター | 表土を掘って貨車に積み込む機械。ラダーエキスカベーターおよびバケットチェーン・エキスカベーターに分類される。独国・LMG製。この機械は平坦な箇所に使用され、起伏のある場合はショベルが使用された。アームに設置された頑丈な無限チェーンに多数のバケットを取り付けて動かし、バケットについたマンガン鋼製の爪で表土を掻き起こし、掻き上げてダンプカーに積み込む。これと同時に機械全体が横に移動して採掘面をかえていく。エキスカベーターを使用する際には、採掘前の爆破が不要だが、表土の凍結していない季節のみ使用でき、稼働期間はおよそ4月初旬から11月下旬まで。剝土能力は2台連結・2ヶ列車配属で3,500㎥/日、70,000㎥/年。機械内部の蒸気機関により駆動する。 |
LMG [リューベッカー・マシーネンバウ(機械製造)・ガゼルシャフト(会社)/Lübecker Maschinenbau Gesellschaft] はドイツの機械製造メーカー。掘削用重機の製造のほか、造船も行っていた。1963年には世界最大のバケットホイール・エキスカベーターを製造した。2010年に破産し、Wilms Groupに傘下となった。
ビサイラス [Bucyrus] はアメリカの重機メーカーであり、多数の掘削用重機を開発製造した。2010年にアメリカ重機メーカ最大手のキャタピラーに買収された。
エキスカベーターによる剝土の様子。エキスカベーターは表土の剥ぎ取りの段階で使用される。削られた土砂は左側に見えるダンプカー(35ヤード)に積み込まれる。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.52. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-26)
米国・ビサイラス製の電気ショベル50B型。神戸製鋼がこれを参考に日本製初の電気ショベル50Kを開発した。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.75. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-26)
電気ショベル120B型。同レベルに待機した列車に剥岩をの積み込んでいる様子。階段式採掘法における「ベンチの切り広め」の工程で使用された。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.53. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-26)
電気ショベル200B型。上段に待機した列車に剥岩をの積み込んでいる様子。剥岩工程のうち終盤の炭層を露出させる工程で使用された。
画像:南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12, p.54. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-26)
重機・ショベルカー(採砂関係)
重機のうち採砂用として使用されているものは下の表の通り。昭和2年頃は、塔湾(川砂)、劉山(山砂)、楊山(山砂)の3か所にて採砂が行われており、川砂は万達屋以東の注砂坑に向け、山砂は老虎台以西の需要に充てていた。採砂はおおむね4月中旬から11月中旬までの7か月可能で、その他の期間は長雨や凍結により作業が困難となる。
名称 | 台数 | 用途 | ディッパー大きさ |
ビサイラス型スチームショベル | 5 | 川砂採取、貯砂積込用 | 1.9㎥3台、0.72㎥2台 |
マリオン型レボルビングスチースショベル | 6 | 土工用 | 0.48㎥ |
ビサイラス型ドラッグラインエキスカベーター | 1 | 川砂採取用 | 2.7㎥ |
アトランティック型スチームショベル | 2 | 1.9㎥ | |
マリオン型ドラッグラインエキスカベーター | 1 | 2.7㎥ | |
リューベック型エキスカベーター | 1 | 川砂採取用 | 能力:198㎥/時間 |
スクレーパー | 1 | 積込および土工用 |
参考文献
- 南満洲鉄道株式会社撫順炭礦 編『炭礦読本』昭11年度,南満洲鉄道撫順炭礦,昭12. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-17)
- 芝浦製作所 [編]『芝浦電鉄型録 : KSA-80I』,芝浦製作所,昭和10. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2024-06-16)
- 岡本直樹『外地の機械化施工』建設機械施工 Vol.67 No.4 April 2015, pp65-71, 日本建設機械施工協会(参照 2024-06-17)
- 産業技術史資料データベース『50K 電気ショベル』国立科学博物館 産業史資料情報センター(参照 2024-06-17)
- コベルコ建機グローバルサイト『沿革|企業情報』(参照 2024-06-17)
- 岡本直樹『ショベル系の開発と変遷史』建設機械施工 Vol.69 No.1 January 2017(参照 2024-06-18)
- 岡本直樹『工事用の軽便軌条小史』建設機械施工 Vol.66 No.5 May 2014(参照 2024-06-26)
- 浅越泰男『撫順の電気機関車(マイン・ロコ)をたずねて』鉄道ファン,第32巻第3号 通巻371号,交友社,1992年3月1日発行,pp.70-75