北朝鮮の鉄道関連博物館・保存施設

鉄道省革命事績館

種類名称解説
電車103
(金剛山電気鉄道二・三等荷物合造車)
朝鮮戦争の戦災で消滅した金剛山電鉄線(←金剛山電気鉄道)の車両。金日成主席が朝鮮戦争勃発前の1948年9月28日に鉄原駅で乗車した。
電気機関車전기너201
(전기너形、本渓湖煤鉄公司納75t電気機関車:推定)
凸型の4軸電気機関車。1939年日立製戦前に満州の本渓湖電鉄向けに製造された75トン機だと推定されるが、北朝鮮へ移動した時期や経緯は全く不明。形式名の「전기너(チョンギノ)」は「電気機関車の4つ目の形式」を表したもので、전기(チョンギ)が「電気(전기)」、「너(ノ)」が4つを表す固有数詞の「넷(ネッ)」を意味する。金日成主席が朝鮮戦争勃発前の1949年10月13日に乗車した。
貨車ヤイ463
(満鉄ヤイ形)
満鉄の有蓋車。大量に製造され、満鉄が運営に関与した満州国有鉄道(国線)や華北交通(華交)でも大量に使用された。満鉄時代を再現した姿で復原され、車両番号などの日本語表記や満鉄のロゴが再現されている。終戦直後の1945年12月22日から29日にかけて、幼い金正日氏が母の金正淑氏と清津から平壌の間を乗車した
蒸気機関車(レプリカ)1
(臨時軍用鉄道監部 小形→鮮鉄ナキサ形、「니끼샤」)
日露戦争期に日本陸軍臨時軍用鉄道監部が満州の安東~奉天間(後の満鉄安奉線)で使用した狭軌(762mm軌間)用機関車。中古車が价川軽便鉄道に譲渡され、同鉄道が鮮鉄に編入されると鮮鉄ナキサ形になった。金日成氏が日本統治時代の1923(大正12)年3月16日と1925(大正14)年1月22日に价川軽便鉄道の价川と新安州の間を乗車した。金日成の回顧録「世紀とともに」によると、この機関車は「ニキーシャ(니끼샤)」と呼ばれていたとされる。
客車(レプリカ)無番蒸気機関車「1」と連結されている狭軌(762mm軌間)用の木造2軸客車。金日成氏が乗車した价川軽便鉄道時代が再現され、漢字で「价川-新安州」と記されたサボが掛けられている。
手漕ぎトロッコ無番金正日の母の金正淑氏が使用

3大革命展示館(旧工業農業展覧館)

種類名称解説
電気機関車(展示終了)プルグンギ(붉은기/赤旗)「赤旗1号」として知られている6動軸箱形車体の本線用電気機関車。車両番号不明。
電気機関車プルグンギ(붉은기/赤旗)40544動軸箱形車体の本線用電気機関車。金鐘泰電気機関車連合企業所(平壌)製。
電気機関車(展示終了)プルグンギ(붉은기/赤旗)2.16「赤旗6号」とも。2車体連結、8動軸、箱形車体の本線用機関車。通常の「赤旗6号」と異なり、より新しい全面形状になっていることから、一部書籍などで「赤旗7号」と紹介されている場合もあるが、これは誤り。金鐘泰電気機関車連合企業所(平壌)製。
内燃機関車クムソン(금성/金星)8002ソ連のM62形電気式ディーゼル機関車に似た6動軸箱形車体の内燃機関車。金鐘泰電気機関車連合企業所(平壌)製。
内燃機関車(展示終了)小形の凸型機
路面電車(展示終了)青年前衛号(청년전위호)1991年に金鐘泰電気機関車連合企業所(平壌)で製造された国産の路面電車。
客車タチム(다침)28 5087一般寝台車。金鐘泰電気機関車連合企業所(平壌)製。
貨車ム(무)12 15-48507無蓋車。ム12形は8軸の大形無蓋車で、2軸台車を4台を履いている。積載荷重は100tを誇り、北朝鮮で量産された規模・積載量最大規模の無蓋車。趣味者の間では「100トン貨車」とも呼ばれる。1982年6.4車両連合企業所(元山)製。
貨車ム(무)11 69-39251無蓋車。1982年6.4車両連合企業所(元山)製。
貨車ユ(유)7 69-16333有蓋車。1992年6.4車両連合企業所(元山)製。
貨車セ(세)3 69-18081セメント用有蓋ホッパ車。1991年6.4車両連合企業所(元山)製。
貨車69-00006湿ガス槽車。上部にキセの付いたタンク体を載せている。1982年6.4車両連合企業所(元山)製。

錦繍山太陽宮殿

種類名称解説
客車不明
(最高指導者専用車)
金日成の専用車両。
客車不明
(最高指導者専用車)
金正日の専用車両。

国際親善展覧館

種類名称解説
客車不明
(最高指導者専用車)
1948年12月にソ連の最高指導者、ヨリフ・スターリン内閣首相から贈られた車両。旧東清・北満鉄道系列の車両だと推定される。
客車不明
(最高指導者専用車)
1953年11月に中国の最高指導者、毛沢東国家主席から贈られた車両。展望デッキを備える。旧瀋海鉄道の車両の可能性があるが詳細不明。

地下鉄革命事績館

種類名称解説
電車自主号1970年代に製造された国産の地下鉄電車。ガラス張りの保管庫内に展示されている。
電車(大型模型)018DK4型(DKJI型)の大型模型(縮尺1/2程度)が展示されている
電車(大型模型)008DK4型(DKJI型)の大型模型(縮尺1/20相当)が展示されている
電車(大型模型)415(栄光号)大型模型(縮尺1/20相当)が展示されている
軌陸車ㄱ-1-1383バス型の軌陸車が展示されている
軌陸車(大型模型)無番GAZ-51ベースとみられるトラック型軌陸車の模型が展示されている
斜坑用人車(ケーブルカー)不明地下鉄の建設現場を視察する際に金日成主席が乗車した斜坑用の人車(ケーブルカー)が展示されている
トロッコ(大型模型)不明地下鉄の建設に使用した坑内用トロッコの大型模型が展示されている。バケットローダー、無蓋車、動力車?の3両編成。
トロッコ不明建設現場を再現したコーナーにコンプレッサーらしき機械を載せたトロッコが展示されている
トロッコ不明建設現場を再現したコーナーに坑内用のトロッコ編成が展示されている

旧元山駅

種類名称解説
蒸気機関車パシニ3
(鮮鉄パシニ形)
旧鮮鉄パシニ形。鮮鉄のパシフィック機としては最初期の車両。ナンバーは日本時代のものが再現され、日本語で「パシニ3」と記されている。
客車無番
(鮮鉄ハ9形三等車:推定)
パシニ3と連結して保存されている客車。鮮鉄でもっとも標準的な鋼製三等客車。金日成主席が乗車した座席には、白い布がかけられている。

价川革命事績館

種類名称解説
蒸気機関車1
(臨時軍用鉄道監部 小形→鮮鉄ナキサ形、「니끼샤」
日露戦争期に日本陸軍臨時軍用鉄道監部が満州の安東~奉天間(後の満鉄安奉線)で使用した狭軌(762mm軌間)用機関車。中古車が价川軽便鉄道に譲渡され、同鉄道が鮮鉄に編入されると鮮鉄ナキサ形になった。金日成は日本統治時代の1923(大正12)年3月16日と1925(大正14)年1月22日に价川軽便鉄道の价川と新安州の間を乗車した。金日成の回顧録「世紀とともに」によると、この機関車は「ニキーシャ(니끼샤)」と呼ばれていたとされる。平壌の鉄道省革命事績館に保存されているものと同型かつ同番号だが、車体の状態からみて実物の可能性がある。かつては、車両番号が「35」だった。
客車無番蒸気機関車「1」と連結されている狭軌(762mm軌間)用の木造2軸客車。平壌の鉄道省革命事績館に保存されているものと同型だが、レプリカか否かは不明。